鮭卵「だぶるへっど・でゅらはん」お試し読み案内

表紙絵
鮭卵の個人製作誌:文庫サイズコピー本(24p/¥100)「だぶるへっど・でゅらはん」のお試し読みです。
全編書下ろし、「耳かき」「ツインテール」「双頭のでゅらはん」の三話を収録。
以下は「耳かき」の途中までのお試し読みとなります。

 ひよこ組のでゅらはんちゃーん。
「はーい……」
「うむ、迎えか」
 呼べば、チューリップの名札を胸に付けた青のスモックを整えて、黄色の肩掛け鞄にころりと丸い黄色の帽子をかぶり――自分の身なりを綺麗にすると、男の子は首だけの女の子を抱えて帽子を被せてやって、二人仲良くこちらへ来る。
「せんせ、かえろ」
 腰の高さの位置にある、長い前髪で顔半分が隠れがちな男の子の顔が、ぼんやりこちらを見上げる。つぶやくような、小さな声のトーンを不思議に思いながらも、腰のベルトにぶら下がった迷子紐のカラビナ金具を、彼のスモックの腰に縫い付けられた布ループにひっかけると、研究室兼彼らのベッドルームへと一緒に帰る。
 ガタン、とスチールドアを手前に開くと、男の子はふらふらとソファに吸い寄せられるように座ろうとした。迷子紐がピンと張って、ぎりぎりソファには届かなさそうだったので、慌ててこちらもソファまで近づく。
 男の子は、ソファに並べられた中では一番にふかふかしているクッションを一つ寝かせると、その上に女の子の首を置く。
「これ、手洗いとうがい、着替えができぬ内から座るでない。それに、こなたの帽子も取っておくれ。そなたにしか腕はないのだぞ」
 女の子の首はクッションの上にごろんと横倒しに倒れ込んで、赤と青に左右で色の違う瞳を向けて、男の子を咎めた。しかし、男の子はというと、女の子の対になるようなその赤と青の目をギュッと閉じ、だらりと腕や足を大の字に伸ばして反応しないでいる。
 朝は元気そうだったけど、どこか調子が悪い? と訊くと、男の子は
「んー、しんどくない、けど、きもちわるい」
 と膝から先をゆっくり、ぱたん、ぱたん、とばたつかせる。
「カンナギ、こやつ、あれじゃ。さっきおやつにドーナツが出たのじゃ。小さいながらも、一つの袋に四つも入っていたのでな、それに喜んで万歳した拍子に、首が外れてしまって転がっての。それで気持ち悪いのじゃなかろうか」
 確かに、首が外れて床を転がったとなれば、頭もしこたま打つだろうし、目も回ったに違いない。
 女の子の帽子を取って、その頭のツインテールの乱れを少し整えてやってから、男の子がよく見えるように角度を変えて、クッションの上に綺麗に置き直す。
 自分と女の子とで、真ん中に男の子を挟む形にソファに腰を鎮める。思ったより柔らかいソファだったからか、こちらの体重でソファが沈み込み、男の子の体がこちらへと傾く。
「せんせー……」
 男の子の足のぱたぱたが止まり、ひどく緩慢な動きで座り直す。耳を押さえて眉をしかめた。
「みみのなか、むずむずする……きもちわるい」
 ちょっと失礼するよ、と帽子を外してソファの背もたれ部分に置き、男の子に体を寄せる。長い前髪は耳へとかけて後ろへ流した。耳に顔を寄せて見てみるが、特に目立った傷などは無い。
 この間、支給された……シャツの胸ポケットに挿しておいたペンライトを取り出して、耳穴を照らしてみた。
 あー……なるほど、これは。