Products Of The Sea -The Pieces Of Literature- お試し読み案内

2021年1月17日開催の第5回文学フリマ京都において発行の『Products Of The Sea -The Pieces Of Literature- 』収録作品の試し読みページです。
「文学」をテーマにしたBL(ボーイミーツボーイ/おじさんもいます)短編小説を3作品収録しています。

 『帚木』/作・雲丹(現代日本風群像劇) 

 街はずれの古い神社には、願いが叶う木があると言われている。
 不思議なことに、何の木かは誰も知らないのだという。
 願いを叶える方法は至極簡単。願いを書いた短冊をその木に結び付けるだけ……。

1.とある園芸部員の話
 女々しい恋をしている。
 僕の好きな人は男だった。
 その人は横暴だった。引っ込み思案な僕を自分の部活である園芸部へ引っ張り出し、僕を構い倒した。毎朝毎朝、気温が上がりきる前に水をやって、炎天下の中野菜の苗を植え替えしたこともあった。秋には収穫したものを無理やり口に押し込まれたし、冬は冬で、次の春のために結構な頻度で「来年の部活動」会議があった。はっきり言って僕は外で何かやるのなんて、まっぴらごめんだし、体を動かすより室内で本を読むのが好きだ。ゲームには興味ないけど、祖父の将棋や囲碁の相手をするのも好きだ。つまるところ、僕は完全なインドア派なのである。それなのにその人ときたら、
「かなた! 部活行くぞ!」
 そう言って僕を連れ出すのだ。
 嫌いだった。嫌いだった。その人のことなんて大嫌いだったのだ。
 なのに、なのに。
「部長は俺だ! かなた、これからは俺に従ってもらうぞ!」
「かなた、これが――――。綺麗だろ? こいつは……」
「今日は――――と――――の植え替えだぞー。暑いけど気張れー!」
「かなた知ってるか?これは秋でも花を咲かせられるんだ。これから育てられるものがどんどん減っていくけど、こいつみたいに育てられるものもあるからがんばろうな」
「冬は! 暇だ! だがこの機会を無駄にしたりはしないぞ!かなた! これから来年の花の為に会議だ! あ、――――の花は冬が本番だから水やりは無くならないのでサボるなよ?」
 その人が花を撫でる時の、植物を語る時の、作物を見つめる時の、自信満々に僕へ語る時の。
 その笑顔が、僕を惹きつけて、縛って、離さない。これは間違いなく恋だった。
 だけど、この恋に「もしも」は存在しない。
 僕はきっと、この気持ちは墓場まで持っていくんだろう。
 そう、思っていた。

   ***

 夏の暑い日のことだった。
 僕を園芸部へ引っ張りこんだその人は、珍しく深刻な顔をして部室にいた。僕は思わず息を飲んで彼が話し始めるのを待った。
「夏祭りに行きたい」
「僕帰ります」
 秒で僕は何もかもすっ飛ばして虚無になった顔で立ち上がった。彼は「待て待て待て待ってください」と僕を引き留めたが流石の僕も絶対零度の目で見返した。
「園芸部に関係ないこと言わないでもらえますか」
「普段全然やる気ないのにこういう時だけ部活熱心な発言すんな!」
 普段園芸オタクのくせに急にそんな普通の人みたいなこと言わないでほしい、とは思ったが、僕は口には出さなかった。
 どうやらこの人は夏祭りに行きたいらしい。「一回くらい夏っぽいことしてみたいだろ!!」と言ってはいたが、この人のクラスメイトに彼女ができて、一緒に夏祭りに行くと盛大に自慢していたことを僕は知っている。多分羨ましくなったのだろう。僕は少し痛くなった心臓に気が付かないふりをして、目の前の情けない人に向き合った。
「大体僕と行ってどうするんです。野郎二人で行って何が楽しいんですか?」
「ぐっ」
 大げさに崩れ落ちたその人を大げさに跨いで僕は部室に戻る。人を跨ぐなよお、と地面から何か聞こえていたが、無視だ無視。
「そもそも先輩、彼女がいたと認識していたんですが。まさか別れたんですか?」
「うっ」
 そう、この人には彼女がいるのである。吹奏楽部の三年生。清楚で大人しそうな女生徒だった。残念ながらリサーチしていたわけではない。事あるごとにこの人がその彼女のことを自慢してくるので、調べなくても基本的なパーソナルデータは頭に入ってしまっているのである。これには僕も殺意が湧いた。もちろん、この人は僕が自分のことを好きだとは露と知らないので、ただの八つ当たりであったが。
「かなた……なんで今日は何時にも増して辛辣なの……」
「何言ってるんですか。僕優しいほうですよ。先輩が彼女と付き合い始めた日から毎日のように惚気を聞かされても黙って聞いてあげてましたし、吹奏楽の定期演奏会にも付き合ってあげました。別に興味もないくせに吹奏楽のCDを買いにショップまで連れていかれたり、無駄に楽器屋に付き合わされたりしましたけど、文句の、一つも言わなかった僕のことを、優しくないと?」
「すいません、優しいです……」
 わざわざ一区切りずつ強調して言ってやったら、その人は更に地面に沈んだ。ちょっと溜飲が下がる。
 先輩が彼女と別れたことなどとうの昔に知っている。そりゃあ、彼女さんだって、ずーーーーっと園芸の話ばかりをされたら辟易するというものだ。僕でも嫌だ……あれ、僕、本当にこの人のことを好きなんだろうか。疑問になるほどの欠点である。そこまで考えて、ふと僕は思いついた。
「ねえ、先輩。夏祭り、行きたいですか?」
「は、え、うん、行きたいけど……」
「いいですよ、一緒に行ってあげても」
「えっ、ほんとか!?
 目が輝いた。どんだけ夏祭りに行きたいんだ、この人。
 しかしながら、今日の僕は先輩が言うところによると辛辣なのだ。
「ただし、先輩が出店のお金全部奢ってくれたらの話ですけど」
  あ、先輩が崩れ落ちた。

〈……続く〉

 『コルポサント』/作・鮭卵(洋風異界幻想物語) 

零、目隠しの子
 空から流れ星になって落ちる夢を見た。
 青白い炎と成り果てる指先、つま先。
 体の端から燃え尽きて、どこかの紅色の屋根に頭からぶつかって、そうして世界は全て砕け散る。体がバラバラになる感覚がお腹の奥で響いて、僕はいつもそこで目を覚ますのだ。そして流れ星の夢を反芻する内に、ああ、あの紅色の屋根は――教会の屋根、だったような、と朧げな懐かしさを覚える。その景色をいつ見知ったのかは、よく思い出せないけれど。
 だって――僕の目は見えないのだから、そんな景色など見たことあるはずがないのだ。
 いつから見えなくなったのかもわからないが、ともかく僕の目は糸で縫い付けられたように、ピクリとも開かない。今日も瞼の向こうで光が動く。あるいはそれは光ではなく、瞼の血管の赤い影の揺らめき。自らの命の鼓動を透かした向こうの景色。通りがかる誰かのまだらな像。
「だーれだ」
 不思議と僕は、誰かが通りがかると嬉しくなってくる。目が見えない代わりに、頭から生えた無数の手で探り探りに歩み寄る。驚かせないようにそっと誰かの顔に触れ、輪郭を確かめて……、指の腹がまつ毛に擽られるのを感じたら、掌の中に閉じ込める。
そして誰かが反射的に閉じた瞼の風が起こるとすぐに、掌を開放して尋ねてみる。
「僕が誰か、君は知らない?」

一、アザレア
「――お前か、『悪魔の子』と呼ばれているのは」
 紅屋根の大聖堂にて、二人の少年が邂逅した。
 黒い外套を被った、金色の髪と赤目を持つ少年はひどく優しく、魅力的に微笑んだ。
 相対してその微笑みを受けた紫眼の少年は、無表情のままでいる。
 季節は春のはじまりの頃。
 寝起きの意識のように朧気な風が少年達の肌を包み、額の髪を揺らしていた。風の香には、冬に絶えた草木が死の痕残した土の下より、新しく生まれ出ずる新芽の青臭さが孕む。風は大聖堂の高い天蓋まで吹き上がっては、行き場を無くしてヒュウという微かな音に姿を変えていく。
 二人のいる大聖堂は、その紅屋根がアザレアの花の色に似ている為に、旧くから『アザレア教会』と呼ばれていた。教会はこの地域の祭事を取り仕切り、孤児院を運営して慈善活動を行い、信仰を一心に集めていた。そのような教会の大司教とは、ともすれば地域の長よりも重鎮として扱われるものである。
 それは、若くして大司教を務めている赤目の少年も、例外ではなかった。だから赤目の少年は、風の音が何度か二人の間に静かに響くのを、微笑んだまま受け止めながらも、内心では少し腹を立てていた。紫眼の彼は、それこそ教会の運営する孤児院に住む、一人のみすぼらしい孤児に過ぎなかったからである。身分の差が天と地ほど開いているというのに、彼が無言で応じたのは、礼儀を欠いた、けしからぬ行いと少年の目に映った。
 よりによって赤目の少年は、代々の大司教の中でも、その美貌や声の良さ、説教のわかりやすさとで人々を魅了し、大いに求心力を持った者だった。だから彼がその立場になって数年来、彼を見て頭を下げぬ者はいなかったのである。むしろ常であれば一声かければ喜ばれ、微笑めば何でも言うことを聞いてもらえることすら珍しくなかった。
 だというのに、このように挨拶すら無く見つめ合っているだけというのは――、不愉快だ、と少年は感じていた。それがまた、持ち前の観察力で相手を密かに品定めしてみれば、その無視が敵意や悪意で決め込まれているものでないと気づく。その紫の瞳は本当にただ、自分に興味を持っていないだけであった。
 微笑みの下で、益々暗い苛立ちが起こる。そして少年は時間を浪費しない為に、わざわざ自分が孤児ごときに会いに来てやった目的を果たすことにした。とりわけゆっくりと、囁き同然の柔らかな声を作って、問う。
「黒き星が見えると、周りの孤児に話しているそうじゃないか。それは、本当か?」
「……はい」
 紫眼の彼は、やっと声を発した。なんとも気力の籠らない、宙に浮いて漂っていきそうな声だった。
「……そうか」
「その星は、時には、誰かの頭の上に舌のような形で浮かび。時には、空に煌めきます」
 唐突に饒舌になった彼に、少年は意表を突かれた。空洞の硝子細工のようであった彼の目には生気が宿り、星のように爛々と輝いている。赤目の少年は、ああ、これが悪魔の子と呼ばれる原因の『魔眼』か、と眉を顰めた。
 紫眼の少年は、奇妙な出自を持つが故に、孤児達の間では嫌われていた。
 その理由は二つあり、一つは、彼が『自分は天から落ちて来たのだ』と御伽めいたことをよく口にすることにあった。親が無いのを、訳のわからない理由で誤魔化しているのだと、彼は馬鹿にされていた。実際のところ彼は、ある日大聖堂に雷が落ちた際、燃え上がったどさくさに紛れて、その焼け跡の灰の中に放置された赤ん坊でしかないのを、誰もが知っていた。もう一つの理由は、その瞳の色である。黒髪に紫の瞳――けして、人間はおろか生物にもめったに表れぬその特徴は、彼をより孤独にしたのだった。軽度の白化症である赤目の少年は、その外見を神聖視されてさえいるというのに、彼は違った。その瞳の色とて白化症の変異的症状であることは、白子である少年にはわかったが、大体の大衆には興味を抱かれなかったらしい。むしろ徒に、黒髪の奥で虚ろに光るその目を不気味がられ、『悪魔の子』と揶揄され、忌まれてきたのだった。そうして阻害されてきた彼は、得体の知れない、常人には普通見ることのできない『黒星』を見て楽しむことでしか、この世界での生き方を知らずで育った。彼は常に孤独に、この星だけを相手に生きてきた。そうして星に執着し、触れようとする彼のことを、周囲は益々遠巻きにした。
 同情しないこともない、と淡々と思いながら、赤目の少年はまた優しい声を出す。
「実は――僕も、黒き星が見えるんだ」

〈……続く〉

 『東風吹かば』/作・赤身(和風奇譚) 

 其れは雪解けの季節を疾うに過ぎ、初夏に差し掛かった日のことだった。木々は葉の緑を増し、其の重なりが足元に落とす影は、一段と濃くなっていた。境内に続く石畳の上にも、其の木陰は揺れる。映る陰影が、日差しの強さを語っていた。
 けれども此の御社が座すは都より、数十里離れた霊峰の、連なる山々のうち、最も高い一つである。なればこそ、春を過ぎても涼やかで、時折心地よい風が吹き抜けた。
 そんな境内の入口に、誂えられた紅の大鳥居があった。所々塗料は取れ、地の木目が覗く為に、造られてから過ぎ去った年月を思わせても、尚荘厳の気風は健在である。脇に枝葉を広げる大樹が、満開に花開くときなどは、宝物殿の錦絵に劣らぬ明媚であった。
 少年は日々の殆どを、祖父と共に過ごすことになりかねないところ、見かねた母が口利きをしてくれるおかげで、たまの僅かばかりの自由な時を得る。年の近い友のない彼は、今日こそはひとつ、何か面白いことが起きぬものかと期待して、されどそんな事柄は、降って湧くことなどそうそうなく。野山を駆けたのちに大鳥居に上り、日暮れの僅かな時間を過ごしては、母の言いつけで自分を探しに来た姉が、名を呼ぶ声で帰るのが常であった。
 けれども、其の日ばかりは勝手が違っていた。祖父が何処かへ遠出をし、戻るのが三夜は明けた後になるというのである。其の間は好きに過ごしてよいと言われ、少年は文字通り、飛び跳ねて喜んだ。
 朝日が山向こうに現れ、其の日が高く昇ってから、少年は鳥の声で目を覚ました。寝床から出て大きく伸びをし、さて何をしようかと考える。少年にとって、記憶にある限りで初めての自由である。蔵の綴本を取り出して、気の向くままに眺めてもいい。ちょっとばかり遠出をして、都まで行くこともできよう。しかし、いくら頭を巡らせても、此の特別な日の最初に、何をするかは閃かなかった。
 気に入りの場所なら妙案も浮かぶかと考え、完全な日に炙られた石畳を走る。そして地を軽く蹴り付けて上った大鳥居からは、すぐに飛び下りることになった。
「人だ」
 御社に続く階段は、大小様々な石を敷き詰めて造られたものである。九十九折に巡る道行きではあるが、果ての見えぬ長さであろうと突当たりは分かる。其の路の、視界に映る限りの中程に、人型の何かが居たのであった。
 其れの近くまで寄った少年は、人型をしたものの正体が、幼子であることを確信した。子どもは、正に万力尽きた様に倒れ伏していた。ぐしゃぐしゃに縺れた黒髪や、擦り傷や切り傷が其処彼処に見える肌には浅黒く垢が溜まっており、着物は彼方此方が破れ、解れていた。其の上汚泥を浴びたような様相なものだから、少年が物乞いなどを見たことがあらば、凡そ其の方がうんと清潔にしていると思うくらい、見窄らしかった。
「ここいらに民家はないというのに。この子は何処から来たのだろう」
 少年は子どもを抱え上げて、境内に戻った。拝殿の隅の、屋根ある場所に寝かせようかと考えたが、此の子どもを、祖父達に見付かってはならないと思い直した。
 そうしたわけで、少年は、本殿の裏、境内の端の端にある、滝の麓に連れていった。山を切り崩してあるそこは、清らかな湧き水が流れ出し、小さな池になっていた。其の傍には、屋根もあった。四方に壁はないが、此処を作った人間が、時折休む為に造ったものだと聞いている。ただ、今は使われていなかった。少年の祖父達も、此処には来ない。
 子どもの身体を、其の池に下ろした。
 池に棲むもの達が、驚いてから近付いてきた。真っ白の魚のうちのひとりが、尾で水面を叩いた。飛沫が跳ねて、少年を見ていた。
「食べてはいけないよ」
 其の言葉を聞き、子どもを囲うように集まっていた魚は、優雅に泳ぎ去っていった。
 首の上、口、鼻……頭の先まで、余すところなく水中へ沈んでいるというのに、子どもは苦しげな素振りを見せない。少年は其れをじっと見た後、己が掌を拡げる。
 ぽん、と一つ、柏手を打つ。
 続けてもうひとつ、打った。
 そうすると不思議なことに、子どもの身体は、見るうちに清らかになった。身を汚すものが全て落ち、怪我も癒えた。一時だけ水に溶けて、消える。
 更に一つ、少年は両の手を打ち、少年は子どもを、池から引き上げた。此れも又、何とも奇っ怪なことだが、彼の身体が淵を越えたときには、たちまち水気が消え去った。少年は納得した様子で頷いて、其れから、子どもの傍らに座り込んだ。
 見る限りの怪我は癒えたものの、そもそも傷みの酷過ぎた衣服だけはどうにもしようがないので、後で何処かの部屋から持ってきて、置いてやろうと考えた。あと、食事も、木の実を出して、傍らに置いておくことに決めた。そうすれば、相手は目が覚めさえすれば、理屈は分からないにしても、気味悪がって、しばらくして勝手に出ていくと思った。
 其のようなことを少年が思案していると、傍らの子どもがうめき声を上げた。目を覚ましたらしかった。少年は、子どもの顔を見る。
 二度、三度と瞬きをした子どもの方も、少年を見た。意識の定まらぬような眼差しは、瞬きの間だった。
 子どもは跳ね起きた。宛ら、鼠を捕る罠が、口を閉じたかのような勢いであった。
 すぐさま少年から距離を置いた子どもは、近付くのに大股にしても数歩かかる距離で、辺りの様子を頻りに伺っていた。どうにも其の姿が、手負いの生き物じみていたので、少年は此の子どもが、どうやら大変に怯えているらしいと察した。しかし視線が合ったのは気のせいであり、辺りに誰も居ないと知れば、また休息を取るだろうと思いを巡らせていた。
 だが、少年の思惑通りにはいかなかった。
 子どもは、またも少年を見た。其れから、
「此処は何処だ」
 と言った。
 少年は今度こそ驚きを表情に出して、座り込んだまま、子どものことを見上げた。理由には、傷がすっかり跡形もなく癒えたといえど、人間がこんなにも俊敏に動けるのだと知らなかったもので、密かに魂消ていたということもあった。しかし、其れよりもずっと、もう一つの理由の方に意識が割かれ、心の底から驚嘆していた。
「おれが見えるのか」

〈……続く〉

2021/1/17「第5回文学フリマ京都」にて頒布予定
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文庫本166p/700円